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第14弾
小池絵未の国際機関探訪

小池絵未の国際機関探訪 国連事務局 管理局 人間の安全保障ユニット プログラム・オフィサー 徳田香子 さんインタビュー

Official Character, JINSE-kun, Frame 徳田香子 さん

国連事務局

管理局

人間の安全保障ユニット

プログラム・オフィサー

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1.いつ頃、国際機関で働こうと思いましたか?

中学生の頃、国連難民高等弁務官になられた緒方貞子さんに漠然とした憧れをもちました。平和や国際的な問題を扱う恵泉女学園中高に通っていたことで、紛争や貧困が慢性化している社会の仕組みに疑問を持つようになりました。

振り返ると、どこか遠くの国の民族紛争が新聞の国際面に小さく載っているだけで「(毎朝飲んでいる紅茶の生産等)食卓に影響があるかもね」と話すような母に自然と影響を受けて、国際問題を自分事と捉えるようになったのだと思います。具体的に国連を目指すようになったのは、高校生だった兄が長く入院し、非常に深刻な手術をしたことがきっかけでした。

もし優秀なお医者さんに出会えていなかったら、もし治療費がなかったら、と恐ろしい気持ちでいっぱいになり、悲しい思いをする人を大規模に減らせる仕事は社会構造に影響を与えられる国連かな、と思うようになりました。

2.どのような学歴をお持ちですか?

世界の社会構造をイノベーティブに変えるには、領域横断的に政策やITを学べる慶應の総合政策学部がいいのでは、と父に勧められ、通いました。個性的で国際的な同級生に引け目ばかり感じていた自分をなんとか国連で働ける人間に変えたく、在学中両親に頼んで10か月米国に留学させていただき、卒業する頃には、民間企業の力を使って国際課題を解決したいと考えるようになりました。

すぐに開発の道に進むのではなく、経営者たちに共感し、彼らと交渉をする力をつける必要があると考え、まずは最も厳しい資本主義の環境で実績を作ろうと、5年間外資系ソフトウェア企業の法人営業をしました。

貯金したお金で東大の人間の安全保障プログラム修士に入学し、博士課程に進学後、イェール大学の客員研究員として2年間米国に滞在し、国際保健に資する社会的企業の研究をしました。

3.国際機関に入る前はどのようなお仕事をしてきたのですか?

SAPの法人営業部で5年間、厳しくも尊敬できる上司や後輩思いの楽しい先輩そして何より優しいお客様たちに助けられながら無我夢中で働いていましたが、ある日、偶然慶應の同級生に駅で再会し、「国連の夢はどうなったの?」と聞かれ、ハッとしました。すぐに社会人入試と人間の安全保障の専門がある東大の大学院を受けました。

修士・博士課程に所属しつつ、外務省地球規模課題総括課の経済協力専門員として、4年間、UNDP、UNFPAや世銀の基金、国連人間の安全保障基金、MDGsに資する官民連携等を担当させていただきました。外資と180度違う職場環境に戸惑い、慣れるまで、上司や同僚に非常に迷惑をかけたと思います。

博論に集中し国連NY本部に近い環境に身を置くため離職してイェール経営大学院に留学、3か月現在の職場でインターンとしてドナーリレーションを担当しました。その後UNDP駐日事務所でパートナーシップコンサルタントとして省庁・JICA・国会議員を担当し、国・地域事務所やNY本部と共に、保健や防災の案件形成やビジビリティの向上等を支援しました。2017年12月から国連本部に所属しています。

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徳田さんと小池さん,国連ビルをバックに。
4.どのような方法で国際機関に入りましたか?

私はJPO試験に2回失敗しましたが、国連で働きたいという夢が諦めきれず、34歳になってようやく直接公募でポストを得ました。20代の頃は遠すぎる夢を口に出せませんでしたが、イェールでのルームメイトに背中を押され、外務省時代にカウンターパートだった現在の上司に5年ぶりに連絡したことがきっかけで、国連本部でインターンをさせていただきました。

インターンの3か月間は、大学院でお世話になった滝澤三郎教授のご助言に基づき、名簿を見て関心をもった部署の方に片っ端から連絡をしてランチをご一緒していただき、30人以上の女性国連職員の方から職責やキャリアについてお話を伺いました。

その後、外務省時代の上司が推薦状を書いてくださり、UNDP駐日事務所で働くことになりました。UNDPでは、上司や同僚に大変恵まれ、総裁や国連常駐調整官の訪日支援など、積極的に活躍の場を与えてくださったおかげで、半年後に現在のポストを得ることができました。

近藤代表には、国連の試験や面接に関する具体的なご助言を何度もいただき、本当にお世話になりました。

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オフィスにて。
5.現在の仕事について詳しく教えてください。

企業とのパートナーシップや、SDGsの中でも特に保健、防災、難民、テロ予防など相互に関連する課題を抱える36の国・地域における複数の国連機関による共同プロジェクトを担当しています。直近では、カメルーンとチャドの国境沿いの農村に出張し、ボコハラムの影響を受けた国内避難民やホストコミュニティを保護し、能力強化することを目的としたUNDP、UNICEF、FAOによる共同プロジェクトを視察・評価しました。

現地では、カメルーンの中央及び地方政府、村長、宗教指導者や現地NGOにお会いしてプロジェクトへの協力要請をし、国連常駐調整官や各国連機関の現地事務所代表に対しては、人間の安全保障の実践を通じた国連改革の推進に向けた活動の修正、サステナビリティ戦略及び実践の提案をしました。

日常業務としては、NY本部において、国連常駐調整官や複数の国連機関や企業、大学、NGOとともに人間の安全保障の概念を具現化する共同プロジェクトの開発、 モニタリングと評価、国連事務総長室やドナーへのベストプラクティス及び教訓の報告などを行っています。

6.今後のキャリアについてどのようにお考えですか?

国際保健や防災を切り口とした人間の安全保障の実践に資するフィールドのポストやバンコク地域事務所で東南アジアにおける企業連携を促進するポストに就きたいです。

7.国際機関を目指している方にメッセージをお願いします。

私は30代になってようやく、努力でなんとかなることを見つけて精一杯取り組んだ上で、コンプレックスを抱えつつも 夢を思い切って人前で口にすれば、国籍や年上・年下にかかわらず、驚くほど多くの方が助けてくれることに 気づきました。

国際機関を目指している方には10代や20代から大風呂敷を広げて、若いうちに道を切り拓いてほしいと思います。国連では、安定した職は望めませんが、 日本人や女性は得をすることばかりです。

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8.今回の取材を振り返って感じたこと。

今回、徳田さんとお話しをさせていただいて、とても綺麗で明るくて、仕事もバリバリしていてしっかりしている素敵な女性に出会えて嬉しかったです。そして、同じ東京出身で年齢も近いということもあり、共感できることが沢山ありました。特に、”やりたいことがあったら周りにとにかく伝えてみるのがいい!”という部分に本当に同感しました。

徳田さんは、二十代後半や三十代前半になると、JPOの応募年齢制限などもあり、国連に行きたいということを恥ずかしくて言えなくなっていたそうです。イェールを離れるときに、これはなんとかしないといけないと思ったそうです。その当時、ルームメイトだったインド系アメリカ人が失職をしたときに、友達や知り合い100人くらいに電話をしている姿を目にしたそうです。

そのルームメイトに、”電話を沢山して、コネクションを探して、インターンしてきなよ”と背中を押されたそうです。恥をしのんで、今の上司にインターンしたいと連絡をしたところ、なんと”明日にでも来てくれ!”と言われたそうで、ニューヨークで3ヶ月インターンをする機会をもらえたのです。

その後も、履歴書や面接の練習を友達や先輩や後輩、外務省の上司にも助けてもらったそうです。そうやって、このポジションを得られたそうです。

私もまわりのチアリーダー達がメディアに出る機会があるたびに恥ずかしがらずにこれぞチャンスだと思って、積極的にやりたいことを、メディアを通して発言して、次の夢をどんどん叶えていくのを見てきました。

自分がやりたいことに向かって真剣に頑張っているとみんなが助けてくれます。努力していれば、どこかで誰かが必ず見ているし、聞いています。こういう部分は、日本人がこれから世界で活躍するにはもっと必要なことだと思います。

あと、厳しい環境に自分を置かないといけないと思って東京からイェール大学に留学したのも私と同じでびっくりしました。楽しく遊べる環境よりも自分が将来の夢に向かって勉強に集中できる環境を自ら選ぶということも夢を達成するのに、とても大事だと思います。

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「小池絵未のNY発国際機関探訪」VOL.14

出演:徳田香子 さん 

国連事務局 管理局 人間の安全保障ユニット プログラム・オフィサー

取材地:ニューヨーク

2019年4月更新