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松野秀樹 国連PKO局職員


 国連事務局のPKO局で国連東チモール支援団(UNMISET)担当になってから早くもまる2年になります。思えば航空自衛隊を辞めて国連を目指すといった同期に影響されて、国連というものを就職先として初めて意識してからはや6年が過ぎました。

 もともと大学時代に国際関係および国連にそれなりの関心をもっていて、国連関係、国際法のクラスは多くとっていて、国連に対する関心というのはそれなりにありました。

 しかし安定した仕事をやめ、外国で修士号を追及し、そしてかなりの高倍率である試験を受けて国連を目指すというのは、今思えばかなり無謀な決断ではあったかもしれません。特に国連に入れなかった場合、私のバックグラウンド(職歴、専攻)では日本に帰ってきても職探しに苦労したことでしょう。ただ今では思い切って決断してよかったと思っています。

 さて実際の競争試験に関してですが、アメリカのオクラホマ州のある公立大で政治学の修士を取得したあと2000年の9月に政治分野で競争試験に応募しました。応募にあたっては書類選考で半分くらい落とされると聞いていたので、P−11(国連の応募用紙)の記入には結構気を使い、なるべく過去の学歴と職歴を希望の職域の仕事内容に関連させて書くようにしました。

 書類選考を通ると通知が来て、翌年の2月ごろに筆記試験となります。現在は形式が少し変わったと聞いたのですが、私が受けた時はGeneralとSpecializedを4時間位づつ二日にわけて行う形式でした。Generalは長文の要約、プロジェクト起案、さらに国連の活動全般に関する短答問題10問の3部構成でした。Specializedは大きな問題3問プラス短答問題10問でした。内容としてはPKOが中心ですが時事的なもの(中東問題)や難民、人間の安全保障といったものについても出題されました。

 試験対策としてGeneralは「国連の基礎知識」という本を何度も何度も読み返し、さらに国連のホームページで最近の活動等をチェックしました。Specializedの方は、政治分野の場合はPKOに関する問題がかなりの比重をしめるので、大学の図書館でPKOに関する文献を集めて読みあさりました。

 実際に試験を受けてみた感想としては、まずなによりもスタミナが必要とされるということです。 さらに問題数もかなり多いため限られた時間できちっと論理立てた文章を書くという能力も必要となります。またGeneralでは国連の活動とは直接関連しない問題もいくつか出題されたため、国連に限らず広く社会のできごとをこまめに追っておく必要があると思います。 

 さて2月に筆記試験がおわったあと、忘れたころに筆記試験合格の通知が11月にあり、面接は12月にニューヨークでおこなわれました。ニューヨークの事務局で確か7〜8人の面接官が座る長いテーブルの端に座り、面接官が一人一人何問かずつ質問します。 質問の内容はPKOや政治のつっこんだ専門的なものではなく、国連の直面する重要な課題は何かとか、異文化の人が多く集まる職場でうまくやっていくにはどうしたらよいか、といった人物・人柄や問題解決能力を見るのが主眼のようです。

 最終的に合格すると、あとは国連人事部(OHRM)からポストのオファー待ちということになります。このオファー待ち期間というのは分野や空きポストの状況によりかなり差があるらしく、人によっては何年も待つことがあるらしいのですが、私の場合は幸運にも約3ヶ月で最初のポスト、PKO局アジア・中東課のオファーがきました。2002年の6月に着任しすぐにUNMISET担当となり現在にいたるわけです。

 国連の試験は応募から試験、合格して最終的に配置になるまで少なくとも2年近くかかるのでその間をどうするかといったことも考えておく必要があります。別の国連関係の試験(アソシエートエキスパート等)に応募したり、自分の専門に関連する企業や団体、NGOで経験をつむといったことも考えられます。私の場合はアメリカに残り自分の専門には直接関連のない通訳などの仕事をいくつかしながら待ちました。さらにその前の国連専門職の前提条件である、修士取得にかかる時間をあわせて考えるとかなり道のりは長いですが、その甲斐はあるとおもいます。

 本来2004年5月20日で終わるはずだったUNMISETですが、東チモールの政府機関の発展の度合い、治安情勢、その他の要素を勘案して、つい先日安全保障理事会で6ヶ月の任期延長が決まりました。さらにその後6ヶ月延長して2005年の5月まで駐留する予定です。すでに撤退はしましたが日本の自衛隊も大規模な部隊を派遣していて、また新しいSRSG(事務総長特別代表)には日本の長谷川氏が着任されました。日本人のPKOに対する貢献は徐々にですが確実に増えていっているようです。より多くの日本の人たちが競争試験等を通じて国連に入り活躍されることを希望します。

松野秀樹(国連PKO局職員)