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JPO体験記
バングラデシュ国連常駐調整官事務所
灘本 智子


始めまして。2006年10月よりバングラデシュ国連常駐調整官事務所でプログラム・オフィサーとして勤務しています灘本智子と申します。同事務所では、ジェンダー及び人権・人間の安全保障を主に担当しています。途上国での勤務は、2005年のUNESCOカリブ地域事務所(ジャマイカ)でのインターンシップを除くと始めての経験ですが、毎日新しい経験をしながら理想的な国連職員になるために努力しています。

私が国連機関職員を目指すようになったきっかけは、「東南アジアの風に吹かれて」という元国連難民保護官の石川幸子さんの本でした。大学生時代にこの本を読んだのがきっかけで、将来日本だけではなく他の貧しい国の人たちの生活の向上に役立つ仕事がしたいと考えるようになりました。幸運なことに大学卒業後、名古屋にある国際連合地域開発センター(UNCRD)に空席があり応募したところ総務の旅行担当として採用されることが決まりました。その後、人事・総務部長秘書を5年ほど担当した後、国連でもさらにプロフェッショナル・レベルの仕事をしたいと考えるようになり、JPO受験と国連競争試験に必要な修士号を取得するため、ジョージ・ワシントン大学国際関係大学院に留学しました。

留学当初は卒業したら国連競争試験を受けて国連本部の経理または人事で働きたいと考えていましたが、在学中に世界銀行ジェンダーと開発グループでインターンを1年間経験したことにより、「ジェンダーと開発」という学問分野にさらに深く興味を持つようになりました。そこで、大学院を卒業後しばらく世界銀行の保健・栄養・人口チームでナレッジ・マネジメント担当のコンサルタントとして働いた後、2003年9月よりサセックス大学開発学研究所(IDS)ジェンダーと開発修士プログラムに、翌年9月にはロンドン大学経済政治大学院(LSE)ジェンダー研究所博士課程に進学しました。

LSEでの博士課程中に、「ジェンダーと開発」における学問と実践の大きなギャップに疑問を抱き、途上国の現場を自分の目で確かめるために2005年にJPOに応募させていただきました。2006年10月にUNDPバングラデシュ事務所に派遣され現在に至ります。当初は、ジェンダー専門のJPOとしてUNDPのプログラムに参加する予定でしたが、実際は国連改革の一環でその機能の強化が期待される国連常駐調整官(Resident Coordinator) 事務所に配属され、ジェンダーだけではなく、人権、人間の安全保障、HIV/AIDSなどを担当することになりました。

バングラデシュのRCオフィスはまだ規模が小さく、私を含め3人のインターナショナル・スタッフがRCをサポートしています。残念ながら、各国連機関のジェンダー関連のプログラムに直接関わる機会はまだありませんが、当地の国連機関のトップであるRCの元で直接働けることを幸運に感じています。毎日の業務は、ジェンダー関係が40%、その他が60%というところでしょうか。RCオフィスの機能上、プログラムよりも各省庁、ドナー、世銀との交渉など外交的な側面が多いように思えます。

現在のところ、バングラデシュRCオフィスでの経験が今後のキャリアにどのように活きるのか具体的にはわかりませんが、国連改革の国レベルでの参加者としてジェンダーだけではなく、各国連機関間の調整及び国連全体の機能の効率化に本部レベルまた地域レベルでも将来貢献していければと考えています。



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