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| 国連児童基金(ユニセフ)ジンバブエ事務所 子ども保護部 (child protection section) 子ども保護スペシャリスト (child protection specialist) 小林葉子 |
私は、ユニセフのジンバブエ事務所、子ども保護部で、JPOとして平成 16 年( 2004 年)の 10 月より平成 19 年( 2007 年)の 4 月末まで勤務しました。任期終了後、 7 月より、子ども保護スペシャリストとして期限付き契約を頂き、現在に至っています。国際機関勤務を希望するようになったきっかけとその後の経験、JPOとしての活動、JPO任期後の現状、そして、国際機関で仕事をしていくために大切だと感じていることを書かせて頂きます。 1.国際機関勤務を希望するようになった(JPOを受験しようとした)きっかけとその後の経験 アメリカのボストン大学に留学し、国際関係論と経済学を両専攻していた際に、国際法、国際機関、開発経済学等の授業を通じ、人権問題や、開発に興味を持つようになりました。その頃より、国連で働いてみたいという希望を持つようになったものの、具体的に、どの機関でどの様な業務をしたいかということは、はっきりせず、漠然としたものでした。しかし、各種文献を読み、国際機関で働きたいというよりは、何をしたいかを最初に決め、その分野での知識や経験を積むことが大切だということに気が付きました。 その道を模索するためにも、大学卒業後直後、ボストンで、 2 つのインターンシップを経験しました。 1 つ目は、ある大学の経済学教授の開発経済に関連する研究補助、 2 つ目は、オックスファムアメリカ本部でのインターンシップでした。オックスファムアメリカでのインターンシップを通じ、参加型開発や社会開発に、特に興味を抱くようになりました。国際機関に勤務するには、修士号は必須であることより、すぐにでも、大学院に進学し、開発学を学びたいという気持ちを強くしました。しかし、アメリカ平和部隊等フィールドでの経験が多々あるオックスファムアメリカのスタッフの方々には、大学院で開発学を学びたいなら、その前に、途上国で仕事やボランティアを通じで経験を持つようにと薦められました。フィールド経験を持つことにより、大学院での勉強の意義が全く変わってくるという提言でした。それと同時に、進学したいと思っていたアメリカの大学院で社会開発を専攻するには、最低2年間の草の根でのフィールド経験が必須であったこともあり、日本に帰国し青年海外協力隊に応募することにしました。 平成10年度(1998年)より、村落開発普及員という職種で、タイの内務省、社会開発局の第6地域事務所 [ ピサヌローク県 ] に派遣されることになりました。派遣前より、参加型開発や、ジェンダーの問題に興味があり、農村女性を彼女たちの視点より支援したいと考えていました。カウンターパートにも恵まれ、当時、当局も参加型開発の推進を方針としはじめていたことより、貧困・社会統計や、人事事情をもとに選択された一つの村で、参加型のパイロットプロジェクトをおこない教訓をまとめるという活動をすることに合意しました。その後、地域内で選定された1つの村 [ パーランミー村 ] で、農村女性と話し合いを始めました。村に滞在することも多く、村長の家庭(村長、奥さん、奥さんの母、 2 人の小学校に通う娘)で宿泊させてもらうことも多々ありました。ちょうど通貨危機の直後で、村の女性の間では、バンコクで出稼ぎに出ていた家族が失業し村に帰ってきているなか、村内で、家族と離れなくても出来る現金収入活動がしたいという希望が最も多く出ていました。厳しい経済状況のなかでも、成功している現金収入活動の例より学ぶため、機会があれば、配属先の地域事務所管轄内の各県、郡の職業グループを見学に行きました。それと同時に、パーランミー村でも、どのような現金収入活動が持続的に行えるかという話し合いを続けていました。伝統的な機織等いろいろな希望が出るなか、原料も村で生産されていて、生活必需品であることや競争相手が少ないため市場にも困らず、村の女性が生産技術を持っている活動が必要だと合意しました。最終的に、女性達は、村で生産されていたジャスミン米を、玄米として村内で精米することにより付加価値をつけて販売する玄米グループを形成することを決めました。問題系図等の手法を使い、玄米グループを現金収入活動としておこなっていくなかで、不安要因や、問題点、またその原因、解決策などを話し合いました。いろいろな関係者の協力を得て、市場を探すこと、パッケージの質等ひとつずつ不安要因の解決策を調整していきました。グループ活動のための土地は、最終的に、村長を始め、村の人々の支援も得て、村より寄付されることになりました。精米機はJICAよりの隊員支援経費で購入出来ることになりました。精米機の置く場所の土地ならしや、屋根の建設等は、すべて村の人々が無償労働で完成しました。カウンターパート、上司、また当局の県事務所、郡事務所の職員も、参加型で過程を重視し、村の女性の主体性を尊重しながら支援してきたからの成果だと納得していました。最終的にカウンターパートとともに、一連の過程をケーススタディとしてまとめ隊員活動を終了しました。この様な活動が出来たのは、社会開発局の中でも、優秀で人格的にも優れたカウンターパート、理解のある社会開発局郡事務所長、村人のために積極的に活動する村長、団結力強い村の女性達と一緒に仕事が出来たことによることは強調するべき点であると思います。 その後は、ジョンズホプキンス国際関係高等大学院に進学し、希望どおり社会開発を専攻しました。人類学者のアドバイザーのもとで、社会組織、開発理論、労働経済学、マイクロフアイナンス等の授業をとりました。大学院の在学中の夏休みは、パクトというアメリカのNGOのベトナム [ ハノイ ] 事務所でインターンシップをする機会に恵まれました。ストリートチルドレンのための非公式教育や、職業訓練を支援するためのプロジェクト申請書を作成する手伝いをしました。その過程で、ユニセフや子どもを対象としたNGOのスタッフの方々に話を伺い、開発のなかでも、子ども保護という分野に特に興味が出てきたのを覚えています。タイでの経験のなかで、自身がコミュニティ開発関連の活動をしながらも、コミュニティに所属せず [ 受け入れられず ] 、社会的資本も少なく、最貧困層で、最も困難な状況にある人々の存在を真のあたりにし、社会保護の必要さを感じていたこともあってのことです。その後、大学院の教授に、インターンシップの経験を伝え、子ども保護についての知識や経験を積みたいと考えるようになったと話をしました。大学院卒業後は、その話を覚えて下さっていた教授の紹介で、ストリートチルドレンを対象とした経済活動における教訓をまとめる仕事をコンサルタント会社より依頼され、執筆しました。その後、世界銀行研究所の人的資源開発部の社会保護班でコンサルタントとして役1年半勤務することになりました。業務の一環として、社会リスク管理枠組み、セーフティネットに関するトレーニングの実施、アフリカ政府が社会保護国家政策を立てるためのワークショップ等の支援をしました。ワークショップで使用するために、アフリカ各国の貧困削減戦略の社会保護分野を比較分析、ケーススタディの作成をおこない非常に勉強になりました。子どもや女性だけでなく、社会的弱者に対する様々な社会保護政策、事業を、大局的な視点より学ぶことが出来た有意義な経験でした。 しかし、それまでの、勉強や経験を通じ、政府や政策の開発に与える影響の強さとともに、草の根でのプロジェクト実施等により見える視点の大切も実感しており、両方に働きかけられる、もしくは、草の年の視点を政策に反映するための架け橋となることの出来るような機関で働きたいと考えていました。その点では、国際機関の国事務所の位置づけは、非常に有効であると感じていたこと、子どもの保護に興味が出てきたこともあり、ユニセフの国事務所で仕事がしたいと強く希望するようになりました。また、ユニセフが、参加型でのコミュニティを中心とした開発( community centered capacity development )を活動方針の一環としていることには、タイでの協力隊活動でその大切さと有効性を実感していただけに、強い共感を覚えていました。 2.JPOとしての活動 平成 16 年(2004年)10月より、ユニセフのジンバブエ事務所の子ども保護部でアシスタントプロジェクトオフィサーとして勤務するようになりました。ジンバブエ事務所の規模は比較的大きなほうで、運転手や秘書の人々も含め約80人の職員が勤務していました(平成 20 年現在は約100人)。私の所属する子ども保護部は、部長のポストは空席で、3人のナショナル職員と1人の秘書が働いていました。子ども保護部の主な業務は、孤児やその他の困難な状況にいる子ども達のためへの国家計画( national action plan for orphans and other vulnerable children )の作成と実施支援を柱とし、政府に対する技術協力とともに、当計画の枠組みにそり、NGO等のパートナーを通じて、エイズ孤児やその他の社会的弱者にあたる子どもを対象としたプロジェクトの財政、技術協力支援をおこなっていました。子どもの虐待防止の啓蒙活動、虐待をうけた子どもの保護、エイズ等により親を亡くし、もしくは病気の家族の看護等厳しい状況に置かれている子どもを心理的に支えるためのキャンプ活動等がその例です。私は、赴任当初より、以前いたオランダ人のJPOの活動分野であった、ストリートチルドレン等、都市部で困難な状況にいる子どもの支援を担当するように依頼されました。最初は、首都ハラレや他の主要都市におけるストリートチルドレンを対象とした活動を行うNGOとの話し合い、政府との会議を通じ、子どもたちのおかれる現状と各関係者の視点を把握するように努めました。路上で生活をしているストリートチルドレンと呼ばれる子ども達のなかでも、家族と離れ毎日路上で寝泊りしている子どももいれば、夜になると帰る家はあるが、日中は貧困のため路上で物乞い等働くことを余儀なくされている子どもなど状況も違います。毎日路上で寝泊りしている子どもは、個人によって理由は違いますが、家庭内での虐待、エイズによる家族の崩壊等、貧困を超えた問題を抱えていることが多々あります。結局、3つのNGOと、今までの教訓、何がうまくいったか、何がうまくいかなかったかを話し合い、子どもの意見を尊重、カウンセリングなどの過程を重視し、子どもの家族やコミュニティと連携をはかったうえで、子どもが一緒に生活をしたいと思う、また受け入れる意思のある家族もしくは親戚のもとへ送還する活動を強化することになりました。送還後の、家族とコミュニティでの生活を継続的なものとするために、一定期間の授業費とともに、制服、文房具などの支援も組み込むことに決めました。その後は、ユニセフ側のプロジェクト担当者となり、活動を財政、技術面で支援しました。それを最初の活動とし、その後、孤児院等施設で生活する子ども、隣国から強制送還されてくる子ども等、家庭内で保護されていない子どもを対象としたプロジェクトの支援を含め、様々な業務を担当するようになりました。また、施設で生活する子どもを対象としたプロジェクト実施による教訓や、様々な研究の結果により、子どもを保護する施設の規範( national residential care standards )の必要性が明らかになっていたこともあり、鍵となる関係者と話し合いをすすめ、規範作成のため財政、技術支援をはじめました。また、同国での経済状況が悪化し、人道援助の必要性が増すなか、不均衡な力関係を利用し、人道もしくは開発援助に関わる者による受益者の性的虐待・搾取を防止するため、行動規範の啓発活動をユニセフ職員、パートナーNGOスタッフ、その他国連機関と契約のあるNGOスタッフを対象として実施しました。 上記の例のような業務を果たし、平成 19 年( 200 7年)の 4 月末で、JPOとしての、任期を終了しました。JPO任期後もジンバブエ事務所で契約があることを前提とし、平成 18 年(2006年) 1 1月より半年間延長して頂き、合計2年半の任期となりました。JPOの間は、担当している分野以外でも仕事をまかされることが多々あり、業務に追われ、非常に忙しく感じる2年半であったというのが正直な感想です。上司、同僚に恵まれ、担当していた仕事にも興味があり、やりがいを感じていたため、JPO活動終了後も、ジンバブエ事務所で継続して仕事をしたいという希望をもっていました。そのような状況のなか、空席公募には目をとおしながらも、結局、他のポストには応募することは一度もありませんでした。 3.JPO任期後の現状 平成 19 年(2007年) 7 月より、 1 年契約 [ 延長可能 ] で、引き続きジンバブエ事務所の子ども保護部で、子ども保護スペシャリストとして仕事をしています。子ども保護部にある主な 3 つの業務分野(孤児や困難な状況にいる子どもへの支援、子ども保護の環境構築、危機に瀕する子どもへの支援)のなか、比較的規模の小さな 2 つの分野の管理を任せられています。今年の 1 月より、その分野で働く 3 人の同僚を監督する立場となりました。直属上司をはじめ、事務所長、副事務所長が非常に支援的で、今後、ユニセフで仕事を続けていくためには、管理・監督の経験があることが重要であるとの配慮より、このような任務を頂くことになったのではないかと感じています。非常に恵まれている状況にあると感謝しています。私自身が、JPOの頃より引き続き担当している各種プロジェクトの支援とともに、管理・監督に関連する業務をこなすのは、簡単ではありませんが、当部署の仕事の質、量を向上させ、同僚の支えとなれるように、ひいてはそれが、当国の子どもの保護環境の向上となるよう、出来る限り努めたいと思っています。J POとして、 ユニセフ内部のしくみを学び、担当分野の知識を増やし、プロジェクト運営の経験を得るような機会がなければ 今の仕事を任されることはなかったのは言うまでもありません。 仕事を達成するには、人間関係を大切にしながら、各種関係者の支持と協力を得ることが鍵となることを実感し、有益なパートナーシップを築いていくことを日々心がけるようになったのも、JPOの活動を通じてです。 4.国際機関で仕事をしていくために大切だと思うこと 国際機関といっても様々な機関があり、分野や、求められている人材(高度な専門性対ジェネラリスト、フィールド経験等)も異なるなか、一概には言えませんが、以下、私自身がさらに努力が必要だと感じていることを述べさせていただきます。 やはり、仕事の評価を高めることが、一番大切であると思います。そのためにも、仕事の内容に興味を持ち続け、専門分野として確立していくということは不可欠です。なかなか、業務時間には会議、契約書などの書類作成等、様々な対処に忙しく、落ち着いて技術的な資料や文献に目を通すことが出来ない状況のなか、意識的に努めてなくてはいけない課題です。また、よく言われることではありますが、ネットワークをつくるように努めることも大切だと思います。そして、どんな業務も、それに関わる人々の人間関係によって、その効率や、効果は左右されてしまうものであるなか、社会的な能力、有効なコミュニケーションをとる能力も非常に大切であると実感しています。また、ジンバブエに赴任する前に、ニューヨーク本部でお会いしたユニセフの職員の方は、自分の担当や、部署の仕事だけでなく、他の部署の事業にも興味を持ち、積極的に視野を広げていくようにと提言されました。私自身も、出来るだけ、エイズ、教育、保健等いろいろな部署の同僚の話を聞くことで、自身の担当事業との共通点を見出し、連携出来ることに気付くことがあり、そのアドバイスには、今でも感謝しています。また、機会がある限り、現場でプロジェクトを実施しているNGOのスタッフ、コミュニティの人々の話を聞くことを重視しています。首都圏の事務所でデスクワークを主な仕事としているなか、見えないことが沢山あるのは事実で、謙虚な気持ちでいろいろな立場の人の話を聞くことはプロジェクトを担当するスタッフには不可欠なことだと思っています。また、インターナショナル職員としての付加価値とは何かということもよく考えます。現地の社会文化的な事情の精通度や、現地語運営能力においては、ナショナル職員とは、もちろん、比較の対象にもなりません。そこで、いかにして、専門分野における知識をもち、他の地域の事例や、国際的なガイドライン等を提供し、現地の事情を踏まえ、それがどのように参考になり、応用出来るかといった話が出来るかということも大切だと感じています。 現在、子どもの権利についての修士号を取得するために勉強しています。将来は、可能な限り、ユニセフの子ども保護部で仕事を続けていきたいと考えています。目標は、ただ、国際機関に残っていきたいとういうのではなく、子どもの権利,保護、社会開発等の専門知識を高め、有意義な貢献が出来る人材として成長しながら、仕事をしていくことです。 契約が 1 年ずつ更新されたり(もしくは、されなかったり)、他のポジションに応募しても受かる保障はない現状で、不安定といわれれば不安定ななか、仕事に充実感を覚えている理由を自身に問いかけてみました。その際に、以前、ワシントンDCで、JPOの経験もお持ちで、現在ある国際機関で活躍されている先輩に、直接お会いしアドバイスを頂く機会に恵まれたことを思い返しました。それ以来ずっと心に留めている提言は、国際機関で仕事を続けていくことは、いろいろな面で厳しい状況であるなか、ジョブセキュリティは自らの中に培われた力のみにあるということでした。このアドバイスは、今でも、大変な励みとなっています。 また、すぐに、希望の場所で、希望の仕事に従事することが出来なくても、最終目標を見失わず努力を続けていれば、どのような経験もプラスになるのではないかと感じています。私自身、JPOの試験は、大学院在学中より受験していましたが、3回目で合格することが出来ました。1回目の受験では、補欠で合格していましたが、もし、その時点でJPOの活動を始めていたらなら、当然ながら、赴任国、業務、同僚等を含め全てにおいて違った経験をしていたことになったでしょう。大学院卒業後、2年間、ワシントンDCで上記の様に仕事をし、様々な先輩にお会いする機会もなかったと思います。それらの経験は貴重なもので、現在の業務にも活かされているため、今では、3度目の受験後に、JPOの活動を始められたことに非常に感謝しています。 また、国際機関に限ったことではないと思いますが、長期的に良い仕事をしていくためには、心身の健康を心がけ、仕事と私生活のバランスを保っていくことが大切であると感じています。業務が忙しい中も、出来る限り私生活を大切にし、日常生活のなかに楽しみを見出すことにより、明日への活力、あえては、仕事の生産性を高めることにもつながっていくのではないでしょうか。 末筆ではありますが、このような機会を与えてくださった外務省国際機関人事センターの方々、JPOとしての赴任当時より、現在まで、いろいろな面で支援して頂いています現地大使館の皆様に心より感謝いたします。また現在、国際機関での就職、JPOを希望されている方々が、ご自身にとり納得の出来る有意義なキャリア形成をされていかれるよう心より懇願いたします。 |