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  北島砂織 (元JPO、現在WFPオペレーション局アジア地域部勤務)


北島砂織
WFPネパール事務所Programme Officer
定員20人のプロペラ機の窓からは青空に映えるヒマラヤの山々が見える。眼下には急斜面をどこまでも覆う棚田の海と、まばらに光る人家の屋根。薄い引っかき傷のような山道が緑の山肌をぬってどこまでも伸びていく。飛行機で丘陵を一つ越えるのはほんの数秒だが、道幅1メートルにも満たない山道を自分の足で歩くには、とてつもない時間と体力がかかる。

飛行機を降り立ち、カウンターパートのNGOスタッフとプロジェクト視察に向かう。勾配の厳しい山道を進みながら、出会う村人たちに話を聞く。この幅1メートルほどの山道は、Food-for-Workと呼ばれる世界食糧計画(WFP)のコミュニティ開発プロジェクトでつくられた。この山道が出来る前と後で彼らの生活にどんな変化があったかを聞いて歩く。市場へ行く時間が短縮された、穀物をロバで村に運ぶ運送賃が安くなった、転落事故が減って女性や子供が歩きやすくなった、雨季に増水した川を渡る危険を冒さなくても学校に行けるようになった…こんなふうにプログラムのインパクトを直接受益者から聞けることが一番嬉しい。同時に問題点・改善点も拾い上げて、現場のカウンターパートと話し合い、首都カトマンズにノートを持ち帰る。

自然災害や難民流出にすばやく対応する緊急食糧援助機関としてのイメージが強いWFPだが、食糧援助を切り口とした息の長い開発プログラムも行っている。ネパールでは、山がちで食糧自給が難しく現金収入を得る機会も限られているネパール中西部の丘陵地帯を中心に、コミュニティ開発プロジェクト(Food-for-Work)を実施している。市場や学校と村を結ぶ山道の整備や学校・保健所施設の補修、小規模かんがい設備の設置など、住民たちの生活向上につながるプロジェクトを住民自らが選び、建設に携わる。住民達はその代価として食糧を受け取るのである。

開発途上国での生活経験がなかった私は、JPO試験を受けるにあたってフィールドで経験を積めるように援助の現場の最前線に多く事務所をもつWFPを目指した。カトマンズ事務所に2003年4月JPOとして赴任し、現在はブータン難民への食糧援助とともにネパール中西部におけるコミュニティ開発プログラムを担当している。普段は首都においてプログラムの枠組み作り、NGOや政府のカウンターパートとの調整業務、予算管理などのプログラム運営をしているが、定期的にプロジェクト現場へ出張することで、資金、食糧、人材といったインプットが受益者の生活向上につながる結果を生んでいるかどうかを確かめる。JPO一年目はWFPのプロジェクトサイクルを学ぶうちに過ぎていってしまったが、2年目以降はより受益者に近い視点でネパールにおけるWFPプロジェクトのもたらすインパクトを捉えられるようになった。目の前にある仕事と受益者の生活とが繋がって見えてくることで、やりがいも一層深まったように思う。

新米国連職員としてスタートするにあたって、JPO以前の民間企業での社会経験が役に立った。実務スキルに加えて、社内・社外を問わずやり取りをする相手を『顧客』と捉え、先方の立場に立ってコミュニケーションを図る姿勢を鍛えてもらったからである。プログラムオフィサーの業務は、一人でコツコツと励む仕事よりも他部署・諸機関と連携を図りながら進めていくことが圧倒的に多い。スタッフの国籍や文化背景が広く異なる職場環境であるからこそ、先方の役に立つ対応を心がけ地道に信頼関係を築くことがより重要であり、協力を得られやすい職場環境にも繋がる。

赴任当初は、希望と異なるプロジェクトの担当になったり現地スタッフとのコミュニケーションの要領がつかめず、随分としかめ面をしていたように思う。また輝くスターのような先輩JPOの仕事ぶりや、責任の大きな仕事を任されている他国のJPOの風の噂を耳にしては、比較して不安に陥ることもあった。だが、今振り返ると予想通りにいかない状況に放り込まれたことで、さまざまな学びの機会やハプニングへの免疫力・対応力を培うチャンスに恵まれたといえる。また、WFPのプロジェクト運営の仕組みがわかってきたJPO2年目には、嬉しいハプニングで当初希望していた分野のプロジェクトを担当することになった。以後も大小のハプニングは起き続け右往左往することもしばしばだが、短期的に物事が希望通りに運んだかどうかで一喜一憂するよりも、日々の仕事を着実にこなしていくことで周囲の協力も得られ、望む方向への道はひらけていくのではないかと思う。

WFPネパール首都事務所は50人程度の中規模事務所であり、JPOも正職員同様戦力として数えられる。所長・副所長といったシニア・スタッフとも距離が近く、風通しの良い雰囲気の中で自由に仕事をさせてもらった。ネパールという自然も人も力のある国で、JPOとして働くチャンスをもらい、エイド・ワーカーとしてのスタートを切れたことに非常に感謝している。


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