| HOME>JPO体験記>保坂菜穂子(現JPO、現在UNICEFタジキスタン事務所勤務) | BACK |
・JPO を受験しようとした(国際機関勤務を希望するようになった)きっかけ とくにこれといったきっかけは思い当たらないのですが、国際公務員には以前から漠然とあこがれを抱いていました。大学入学時にフランス語を第二外国語に選んだのも、フランス語は外交の言語であり国連の公用語だと思ったからです。また、近しいカナダ人の友人が UNHCR に勤務しており、彼女の勤務地のアルメニアを大学在学中に訪問したことも影響していると思いますが、この時点ではあこがれでしかなく自分とはあまり関係がないと思っていました。就職を控え、英語学科に在籍していたので英語の活かせる職種ということで国際協力という分野があることを知り、大学卒業後は ODA 関連の財団法人に就職しました。 ・JPO 受験に向けて、どのようなキャリアパスを形成してきたか 私の就職した財団法人は ODA 向けの調達を専門に扱う財団でした。この財団では国際協力についてだけではなく、社会人としての基礎をしっかり学ばせてもらいました。 ODA の仕事はとてもおもしろくやりがいもあったのですが、財団での当時の仕事が機材の調達というテクニカルかつオペレーショナルな分野に限られていたこと、国策および外交政策としての ODA がどの程度貧しい人々の役に立っているのだろうかという援助の有効性について次第に疑問を持ち始めたことから、もっと中立的な立場から援助にかかわってみたいと思うようになりました。このころから国連を目指す人々と積極的に情報交換をするようになりました。また、英語だけでなくもうひとつ言語をマスターした方がいいとのアドバイスを得、財団での仕事にもプラスになると思ったので、フランス語の勉強に一層力を入れるようになりました。財団からの金銭面での補助、フランス語の堪能な先輩職員の助けもあり、入団して6年目にはフランスの大学に留学するのに必要なフランス語のレベル( DALF )に達するまでになりました。フランス語の先生の、「せっかくここまでフランス語を頑張ったのだからいっそのこと留学したら。」という一言と、とあるキャリア相談会で、「留学はしたいのだが、何を専門としたら分からない。」という私の相談に対し、「あなたの場合はとりあえず留学すれば大丈夫(!)」と言われたことから、結局パリ政治学院に留学することになりました。 ・JPO として派遣されてからの勤務状況、感想 当初 M & E はプロジェクトのモニタリングを行うためフィールドに頻繁に出かけるのかな。と思ってたのですが、業務はフィールドモニタリング以外にも多岐に渡りました。実際は様々な事務的な手続きに時間がかかること、また保健や教育といったセクションと異なり M & E セクション自体がプロジェクトを持っているわけではないのので、フィールドに行くにしても他のセクションがいつモニタリングを計画しているのか把握することから始めなければならず、派遣された当初は思ったようにフィールドに行くことが出来ませんでした。 M & E セクションは JPO である私とアシスタントからなる小さなセクションでした。このアシスタントには UNICEF の事務的な手続きに関して基本から教えてもらい、彼がいたおかげでスムーズな JPO 生活のスタートを切ることが出来ました。私の主な業務はプロジェクト、プログラムモニタリングの基礎となるデータを集めるための調査や研究の監督、 UNICEF オフィス内のモニタリングシステムの構築およびスタッフやカウンターパートへの M & E トレーニングのアレンジ、子供と女性の問題への政府の関心を高めるための啓蒙活動、さらにはオフィスの予算、ドナーへの報告書の提出スケジュール管理など、マネージメント面のモニタリング補助などでした。近年ドナー国の援助疲れやパリ宣言にともなう援助の効率化が叫ばれているなか、国連の各機関も自分たちの行っている援助活動がいかに効率的に行われているか測ることに力を入れるようになりました。また、従来の国連を通じてのプロジェクト型の援助から、直接途上国政府へ財政援助へドナーが移行する中、 UNICEF も子供と女性への予算を増やすべく、政府への啓蒙活動に力を入れるようになってきました。例えば UNICEF では MICS(Multiple Indicator Cluster Survey) という子供と女性の指標に関する調査を全世界で5年毎行っているのですが、この調査で乳幼児死亡率、就学率など UNICEF のプログラムに深くかかわる分野の指標を集めることにより、子供と女性の状態がどの程度好転したかが把握出来ます。また MICS のデータを元に様々な分析を行い、政府に対し、政策を立てる際の優先順位を示すことが出来ます。タジキスタンでは MICS のデータを元に子供の貧困に関する研究を行い、その結果大人の貧困に比べ子供の貧困の方が金銭の面でも生活の質の面からも深刻であること、タジキスタンが貧困から脱出するには、国の将来の担い手であり人口の半分以上を占める18歳未満人口への投資、つまり政府が教育および保健への予算を引き上げる必要があることをデータで示し、タジク政府に働きかけました。また国連機関は5年間のカントリープログラムサイクルで動いているのですが、日々のプロジェクト活動が長期的に見てどのような効果を挙げているのか、 MICS のデータによって測ることが出来ます。 ・JPO としての経験が現在の業務にどのように活かされているか。また、今後どのように活かしていきたいと考えているか ハルゲイサオフィスはいわゆるフィールドオフィスでありながら、総勢42人のスタッフをかかえ、タジキスタンカントリーオフィスより大きい規模です。また、今回のポストはレベルも2から3になり、オフィスのナンバー2として代表の不在時にはその代行をつとめる立場にあります。ソマリアは地図上ではひとつの国として成り立っていますが、実際には国の北部にソマリランドとプントランドという国際的に未承認の独立国家が存在し、私はソマリランドの首都であるハルゲイサに駐在しています。本来ソマリアの首都であるモガディシオにあるべきカントリーオフィスは安全上の理由からケニアのナイロビに置かれ、ソマリア内にはソマリランド、プントランドを含め、フィールドオフィスが置かれています。モガディシオのある南は緊急援助を中心に行われているのに対し、ソマリランドは人道援助から開発に移行しつつあり、プログラムの特徴も南と北では大きく異なります。ソマリアでは通常の5年間のプログラムサイクルではなく、人道援助から開発への移行を目指すという意味で、 UNTP(United Nations Transitional Plan) という国連の各機関が協力して組んだ2年間の移行プランをもとにプログラムが組まれており、また One UN を実践するべく、モニタリング評価に関しても各機関が共同で行うことになっており、 UNICEF はこの取りまとめ役という役割をおっています。さらにソマリランドでの業務は、その複雑な政治背景から気を使うことが多く、またオフィスのナンバー2とてして対外的な業務に携わることも多く、 JPO の時と比較して確実に責任が増しています。幸いここでもよい上司、同僚に恵まれ、今のところは何とか仕事をこなしています。その他にも JPO の時と違うことは、ハルゲイサでは着任した日から、 M & E のプロとしての即戦力が求められたことです。振り返ってみると私の JPO 体験はまさに OJT そのもので、タジキスタンで色々と学んだことが今のオフィスで非常に役立っています。2ポスト目ということもあり、 UNICEF での業務のやり方がわかっていることも強みです。個人的には JPO としてはソマリアオペレーションのように、総勢で200人近いスタッフを抱えたオペレーションのフィールドオフィスよりは、タジキスタンのように中から小規模のカントリーオフィスで UNICEF の業務の一通りを体験するのがよいと思います。規模が小さいほうが上司の目も行き届きやすいと思います。また、ソマリアオペレーションの大半が緊急援助であること、ソマリランドは未承認国家であることから、通常の UNICEF の開発の仕事の仕方とは違ったやり方で手続きがとられており、まずは平常のオペレーションを経験しておいたほうがよいと思います。 ・今後の進路や JPO 後に引き続き国際機関に残っていくために必要だと思うこと、就職活動等について UNICEF での仕事はとてもやりがいがあるので、しばらくは引き続き UNICEF で仕事を続けていきたいと思います。国際機関に残っていくためには専門性、良好な人間関係を築くことのほかに柔軟性が求められると思います。自分はこれがやりたい、これが出来ます。というのももちろん大切なのですが、次のポストを探す際、自分の希望にぴったりのポストが出てくるとも限りません。多少自分の希望と違ったポストであっても新しいことを学ぶ機会ととらえる柔軟性が必要だと思います。ソマリアのポストに関してもソマリアの持つ紛争のイメージから自分に務まるだろうか。と応募時に一瞬躊躇しましたが、何事も経験だと思って応募しました。実際に赴任してみると本当にやりがいのあるポストで、あの時応募してよかったと思っています。就職活動に関して特に秘訣はなくただ根気よく応募し続けたほか、応募書類は回りの人にチェックしてもらい、国連職員に求められる能力の基準に合うように何回も書き直しました。また、インタビューで出された質問は書きとめておき、うまく答えられなかった質問については次に同じ質問が出たときには答えられるように準備しました。ただし JPO 後のポストは UNICEF の場合、ある程度のハードシップは覚悟しておいた方がいいと思います。 P-3 のレベルはナショナルスタッフがインタナショナルスタッフになるべく応募するレベルでもあり、こうしたスタッフは UNICEF 歴も JPO と比較して格段に長いので JPO は厳しい競争を強いられます。また、ハードシップ以外のポストはすでに P-3 のスタッフが応募するため、ショートリストされることすら難しいと思います。実際私もショートリストされたポストはすべてアフリカの比較的ハードシップの高いポストでした。さらに、語学に堪能であればあるほど応募出来るポストの数も増えるため、語学は出来るに越したとはありません。自分自身の今後については、現在は M & E のほかにマネージメントも業務の一部になりつつあるので、将来はマネージメントというジェネラリストの道も考慮に入れています。 M & E は立派な専門ですがどちらかというとプログラムの補助的な要素が大きく、保健や教育のプログラム部署の同僚のように自分のプロジェクトを持ち、プロジェクト活動に専念したいと思うこともありますが、 UNICEF にいて仕事をしている限り、どんな職種であろうとも子供と女性のために微々たるものでも貢献していると思うと、やりがいも出てきます。ちなみに現在の赴任地ではセキュリティの関係上門限があり、自由行動が制限されています。また休日は金曜日のみの週休1日制です。こうした環境にいるとつい仕事ばかりしてしまいがちですが、 UNICEF での仕事を長く続けるには、やはり仕事とプライベートのバランスをはかることが大切だと思います。 |